７月３０日、旅の思い出とともに夜９時過ぎ、関空に降り立った。いつものことだが飛行機の窓越しに 日本の夜景が見えてくるとふっと心が緩む。 ところがこの夜は、「今すぐにでも、中国に引き返すことができればよいのに」との思いが何度も浮かんでくる。この深センへの旅はそれほど私の心に残るものであった。
旅のきっかけは平成２２～２３年に私が九江学院で日本語教師としてかかわった学生たちの呼びかけによるものだった。それは、ある学生から 「深センにいる友達はよく私に先生のことを聞きます。そして、会うたびに先生の授業の思い出を話しています。ぜひ、一度 深センにお越しください。深センのホテルや見学したいところは 全部 私たちに任せてください。私たちにも日本語ガイドのよい勉強なるかもしれません」
とのメールをもらったことだった。教え子たちは、昨年の七月に九江学院を卒業して今、多くが深センの企業で仕事をしている。そんなこともあって、私を深センに招いてくれることの話になったようである。私のほうでも彼らがどのように成長したのか知りたく、喜んでその招待を受けることにした。
私の方は九江を離れてすでに２年になるが、この間にも教え子たちからは会社や仕事のこと、人生のことなど様々なメールをもらっていた。そして、社会人としてスタートした若い彼らの悩みも知ることができた。
ある教え子からのメールでは、
「実は 今、私は 厦門の仕事を辞めて、深センに来ました。先週の日曜日は、友達のところに行きました。久しぶりに会ったので、たくさん話しました。大学の友達がそばにいてくれてよかったです。友達はすごく頑張っています。一生懸命な仕事ぶりに感心しました。だが、私は あまり変わりなく、アップしていなくて恥かしく思いました。
私は去年から、旅行が好きになりました。休日になると 外に行きたくなります。『on the way(日本語は分からない)』という感じが悪くないですね。仕事などの上で悩むことは 自分自身で向き合わなければなりません。そんなとき、私は 旅に出ることを選びます。知らないところへ行き、未知の風景に出会うと、チャレンジの気持ちや新しいビジョンも広がってくるのです。」
という内容だった。
その返事として、私は、
「私も旅は好きです。旅はその過程で驚きと出会いを楽しむものです。また、思わぬ苦労や困難もあるのですが、それは乗り越えることでさらに達成感や自信を味わえるのです。旅の目的はチャレンジ精神や夢・ロマンを与えてくれるとも言えます。ですから、だれよりも早く終着点にたどり着くことではありませんね。
とメールを送った。
この教え子からは、 ｢２０代は挑戦する年齢ですね。これから、私は同じ生活の繰り返しの中でも、日々 自分に期待できることをみつけて、目標をめざし、自分らしくがんばります。｣ との返事をもらった。
また、他の教え子からのメールでは、
「私は今、疑問を持っています。仕事のことです。この仕事を始めてから、多くの挫折や失敗もありますが学ぶことやうれしいことも多くあります。その一方で、上司に信頼されているのか、仕事がどんどん増えています。上司やお客様の信頼に応えるため、時間をいとわず、深夜まで残業したことも何度もあります。それが続くと、疲れて、焦りやすい人間になっていくのです。そういう自分がたまらなく嫌になり、仕事を辞めたくなる気持ちが強くなります。今の自分は失敗からすぐに立ち直れません。そして、すぐにイライラしてしまいます。失敗したときには、涙が止まりません。こんな時は仕事を断ればよいのですか。でも、そんなに期待されているのに、上司に『もう限界です。これ以上仕事を増やさないでほしい。』とはなかなか言えません。こんな私の悩みをどのように上司に伝えたらいいのですか。」
というものだった。
そこで、私は、
「あなたは授業の時でも、江西省の日本語弁論大会で銀賞をとった時も必ず全力でぶつかり、私たちの期待を裏切ることはありませんでした。そして、いつも輝き、いつもいきいきとした学生でした。ですから、社会人になって、上司の期待に応えたいが自分の力ではもうどうしてよいのか分からなくなっているのでしょう。
と伝えた。
しばらくして、この教え子からは、 「上司に仕事の今の状況を説明した。すると、若いスタッフを探してくれると約束してもらった。また、これまでもほかの人に、頼んだ仕事がうまくいかなかったとき、私は怒ってばかりいたが、今は丁寧に説明して一緒に考えるようにしている。」 との返事をもらった。
また、別の教え子からは、九江で仕事をしているとき、結婚の約束をした女の子がいたが、深センの会社に移ると言うと、女の子の両親から連れて行くことに反対され、今は単身赴任である。女の子と二人で悲しんでいるがどうすればよいのかという相談ももらったが、これにはうまい答え方が見つけられず、彼には慰めの言葉をかけることしかできず申し訳なく思った。
このような教え子たちのことをさまざまに思い浮かべているうちに飛行機は２７日午後３時、香港国際空港に着いた。空港からは、入境検査場を通らずに、フェリー乗り場に直行。運賃は少し高かったが深センまでの便数も多く、高速船のおかげですぐに深セン、蛇口港に着いた。港の入境検査場は人も少なく、待つこともなく通過できた。そして、乗り場の出口では教え子が待っていて、私の姿を見つけると手を振って迎えてくれた。
深センはこの時期暑くて大変だと聞いていたが雨季と重なり、思ったほどではなく、木陰は結構涼しく過ごしやすかった。道路の両側はガジュマルが生い茂り、亜熱帯の鮮やかな色の花々が咲き、歩いていても飽きることはなかった。ホテルは地下鉄の駅前で便利なところにあり、ホテルマンのマナーもよく、部屋代も香港のホテルの半額以下で気持ちよく過ごせた。ホテルの近くには、エッフェル塔やローマの遺跡など世界の建物などのミニ版を展示した 「世界の窓」 や中国の遺跡と少数民族の文化を展示した 「錦繡中華民俗村」 と呼ばれるテーマパークなどがあって開放改革の第一号の都市である深センの特長を味わうことができた。
久しぶりに会った教え子たちは初めは少し緊張していて社会人然としていたが、すぐに学生の頃の様子に戻り、冗談を言ったり、笑い転げたりしていた。それで、夜の会食の時、私はいたずら心で 「皆さんの日本語はまだまだ十分ではありません。今日は、補習授業をしなければなりません。」 と言うと彼らは首をすくめ、椅子に座り直した。そして、 『有朋自遠方来 不亦楽乎』 を書き下し文にする課題をだしながら、私は笑って、 「今の私の気持ちです」 と伝えた。彼らも、課題の意味を理解したのか、それからは冗談を言いながら、好きなように日本語に直していた。また、長淵剛の 『乾杯』 や谷村新二の 『サライ』 などの歌を紹介した。故郷を離れて新しい生活を踏み出し始めた彼らも歌詞に共感して一緒に歌っていた。
テーマパーク
「世界の窓」 で
私は深センでは二日間過ごす予定だった。その間、彼らはいろいろと計画してくれていて、楽しい時間を過ごすことができた。
これは私が、日本に帰ってから、彼らに送ったお礼のメールである。
「音楽会への招待や街の案内、テーマパークの観光は楽しかったです。ご馳走してもらった広東料理はとてもおいしかったです。そして、皆さんとの久しぶりの出会いなど うれしいことばかりでしたが、皆さんのやさしい笑顔と温かい心遣いが私にはなによりの もてなし でした。
最後に、その後、彼らよりもらったメールを紹介して、筆を置きます。
「先週の土曜日に シンセンの蓮花山を登りました。途中には 綺麗な花があちこち 爛漫と咲いています。花は自然の笑顔で、花のにおいは自然の味だと思います。辻先生が美しい庭を 見ると、喜ぶ感じがなさるだろうと思います。
さて、九江学院の香遠楼前の陶淵明道に立って眺める蘆山がいちばんです。
先生に再会して、蘆山のことを、九江学院のことを 懐かしく思い出します。体力づくりのため、今週の週末にも 山を登りに行きます。さて、私の生活ですね。辻先生は 孔明のように 言い当てました。正直に言えば、万事順調ではありません。順調ではないけれども、私は もう 大丈夫です。辛い時や悲しい時には、心細くて かなり 怖かったと思います。がっかりした時もがっくりした時もあります。そんな時に なぜ 私こそこんなこと、こんな目に会ったのかと文句を言ったことがあります。でも、振り替えてみると、文句を言うより、逃げるより、やはり 直面することが大事です。先生から教えていただいた言葉どおり、「神様は 乗り越えられる試練しか与えません」から。
最後に、高田九江友好会の皆様はこれからも中日のより多くの人の心に 友好の根を張ってくださると思います。両国両地のために、そこまで やってくださってほんとうに ありがとう、ございました。」
