いよいよ４０日間の冬休みも終って、後期の授業が２１日から始まるので九江に向けて出発の日である。六時のバスで八木から関空へ。関空には出発二時間前に到着。おかげで前方の窓際の席が取れた。しかし、荷物は１３ｋｇの重量オーバー。本をたくさん詰め込んだからだ。超過料金は１ｋｇ２０００円も取られるとのこと。困った顔をしていると可愛い女性の係員が、マイレージ会員になると１０ｋｇは無料になると教えてくれたのですぐ申し込む。それでもまだ超過しているので、本を手荷物の方へ移していると先ほどの係の女性が紙袋を持ってきてくれた。とりあえずは解決したがはじめからこの調子では先が思いやられると案じた。不安は的中。上海で国内線の搭乗手続きを終えると大学からの迎えの運転手に連絡することになっている。そこで、携帯からかけるのだが、ちっともつながらない。前にいた若い中国人にかからないわけを聞いてみると、私の携帯をしばらく触っていて、「これは電話料金がありませんよ」と気の毒そうにしてわたしに教えてくれた。前払い式の電話だから休み中になくなってしまっていたようだ。私の困り果てた様子を見ていたその若者は自分の携帯をとりだして、私のメモを見ながら、書いてある電話番号に電話してくれた。

　おかげで連絡することができたが、若者はお礼を聞く間もなく、ニコニコしながらさっとはなれていった。国内線でもとなりは中国の若者だった。私の席は今度も窓際だったので、機内の昼食や飲み物は取りにくい。そんな時、となりの若者が自分より先にわたしに渡してくれた。飲み物もその若者が手渡してくれた。二人の中国の若者のやさしさと気配りに感激した。

２月２０日（日）

　昨日早起きしたせいか、朝は八時過ぎまで熟睡した。昨日のうちに買っておいたパンと果物で朝食を済ませる。あさから、荷物の整理と明日からの授業に追われた一日。まず携帯電話の料金を支払いに行く。第三食堂の前の学生広場には携帯電話の会社のテントがずらっと並んでいて、大学に戻ってくる学生たちに電話の買い替えをセールスしている。売っているのも学生たちでアルバイトのひとつなのだろう。電話がつながり、お礼や連絡を済ませるとほっと。部屋へ戻ると台所の床が水浸しである。槽からつながっているビニールの排水パイプが破れ、部屋を出る前に流しておいた水が下段の戸棚から流れ出ているのだった。ダイニングから寝室まで浸水している水をふき取るだけで１時間かかった。修理は明日頼むことにし、台所は使えないので、さっそくあいさつに来てくれた学生と昼食を食べにでる。学生街への通路の上には、長さ十メートルほどの赤い横断幕が何枚もかかっていて、ふるさとから大学に帰ってくる学生たちへの歓迎の言葉がいろいろ書かれている。冬休みの間は学生寮も鍵がかかる。そして、校内の食堂や店もみんな閉まってしまう。だから大学からは学生はみんな出て行くのである。だからいっせいに大学に帰ってくる。学生の中にはふるさとからの列車が満員で乗るのに駅で四時間も待ったものもいる。そんな苦労して帰ってきた学生たちにはそんな幕もうれしい言葉だと思った。

　さきに戻っている小林先生の部屋にあいさつに行くと、部屋の中は水道工事の真っ最中。昨年の１２月も工事してもらったのだが、休みから帰ってくると水道管から水が漏れていて、壁の塗装もはがれていたとのこと。この国の工事は日本の手抜き工事の比ではないのかも知れない。

２月２１日（月）

　朝からよい天気のだが、気温は低い。寒暖計で室内は７度である。外は１度、華氏にすると２２度。こちらの温度は華氏であらわすので分かりづらい。ただ、週間天気によると温かな日が続くらしい。そのせいか、昼間は上着一枚で過ごせた。

　いよいよ今日から後期の授業が始まる。授業は午後からだが朝から日本語学科の職員室をのぞいた。久しぶりに会った中国人の先生たちは「いつ、日本から帰られました」とか「中国は寒いでしょう」などと愛想がよい。念のために、王主任に昨年末にもらった時間割を確認すると、予想通り時間割が変更になっていた。いつものことだが、授業が始まってからの時間割や教室の変更は困ったものである。アメリカ人教師のブレンダなどと再会のあいさつをする。彼らの話では休みの間はふるさとへも帰らず、中国の国内や香港、ベトナムなどを旅行していたそうだ。オーストラリア人教師のテリーは私にも何かと話してくる。聞いてみると旅行に行く金もなく、部屋でゲームをして過ごしたそうだ。誰もいなくなった大学なので久しぶりに英語で話したくて仕方がない様子だった。私にとっては帰るふるさとのあることが仕事へのハリにもつながっているのだが、彼らは自由に生きることがよいのだろうかなどと考えながらあいさつの後もしゃべっていた。

　事務室に飲料水の注文に行ったら、一月分の給料を渡された。一月は授業もなく、すぐ帰国していたので、申し訳ない気持ちでありがたく受け取った。その代わり、事務をしてくれているウインディーとナタリーに日本でかってきたお土産を渡しておいた。そのおかげか、部屋に戻るか戻らないかの内に水が配達された。一年生の授業は学期始めであることもあって、自己紹介や休み中の過ごし方を簡単に日本語で報告させた。学生たちは今学期から使う広辞苑ほどの辞書を引きながら楽しそうに自己紹介の下書きをしていた。学生たちは春節、無給正月の休みだけに本当に楽しい休みを過ごしたようだ。家族で食事や映画、買い物など、そして友だちとカラオケ、や旅行・登山などふるさとで存分に楽しんだようだった。

２月２５日（金）

今朝も朝１時間目から授業があった。昨年の末、中国人教師の王主任から上海万博のお土産をいただいていたので、お返しに、関空でお菓子のセットを買って置いたので、業間の時間にお礼と共に渡しておいた。しばらく、数多い学生たちの評価の方法で話をした。王先生は学生たちに指示文の写真を持ってこさせるそうだ。裏に名前を書かせてそれで顔と名前を覚えるのだというアドバイスをもらった。いい方法だが、写真一枚をコピーするのはここではたいへんであるので学生に聞いてみようと思った。夜は一年生の元気な男子学生と食事をすることにした。どちらもふるさとが東北の朝鮮族の学生である。趙君は吉林、金君はハルビンである。朝鮮族の学生たちは中学から日本語を勉強しているので一年生でもある程度の日本語は話せる。冬休みのことをいろいろと聞いた。趙君はお父さんはいなくて、お母さんが韓国のソウルで働いているので、春節でも帰ってこない。だから趙君はお姉さん夫婦の家に里帰りする。だから、冬休みはあまり楽しくないと本音をもらす。休みの前半は酒屋の配達のアルバイトをしていたそうだ。正月なので注文が多くてたいへんだったそうだ。休みの後半は少し離れた実家に近いおじさんの家で過ごし高校時代の友達と楽しく過ごしたそうである。韓国では中国の朝鮮族の人たちに偏見がある。それでも、息子を大学に行かせるために韓国で働いているお母さんの気持ちはよく分かっているようであった。新学期前は、吉林からでは列車の切符はとても買えないので、友だちに頼んでハルピンで買ってもらったとのこと。だから、いちど始発駅のハルピンへ行き、そこからまた吉林を通って九江駅に着いた。３５時間の旅はたいへんである。

 

いよいよ後期の授業が始まった。うれしい気持ちでキャンパスを歩いていると三年生の李君にあった。李君は誠実で謙虚な学生である。向こうからあいさつしてくれたが、李君と分かるまでに少し時間がかかった。それは顔が丸々となっていたからである。笑顔であいさつする李君に「ふるさとでおいしいものをたくさん食べてきたのかな」とたずねると、恥ずかしそうに、「食べて寝て食べて寝てばかりいたので太ってしまいました」と頭をかいていた。そういえば、どの子も昨年末よりふっくらとしていた。それだけ、寮での生活は厳しく、ふるさとの親は心配して食べさせていたのであろう。その気持ちは私も十分に分かって、ほほえましかった。

後期の授業は前期と変わる。木曜日などは８時から一コマの授業、そして午後からは二コマの授業があり、終わりは５時３０分になる。宿舎に帰るのは６時前。すぐに晩御飯を食べて７時からの日本語コーナーに参加する。リーダーの学生から連絡をもらっていたので、手助けの意味でも参加している。まだ寒いのでヤッケを着てちょうどよいぐらいだった。今年初めての日本語コーナーだったので１年やっと４〜５人で後は２，３年生だった。昨年もっていたクラスの学生が私を見つけるとそばに飛んで来る。そして、たいへんな勢いで話しかけてくる。冬休みは何をしていたのかとか日本の正月はどうだったかなど聞きたくて仕方がない様子だった。九時まで付き合って宿舎に帰った。

このところ、休みの午前中は私も英語や中国語の勉強をしている。英語は少し自信が出てきたような気がする。午後からは習字の練習などと自己啓発の日にしている。その後、学生がやってきて、日本語検定一級が合格したとの報告をもらった。その学生にお祝いを言い、他にも合格した学生の名前を聞いた。試験前に私の部屋まで来て、質問していった学生が合格していて本当にうれしかった。来週にお祝いパーティーをしようと話し合った。

この週末はたいへん忙しかった。夜はイギリス人の若い教師からぜひ相談したいことがあるとのことで韓国人の女性教師と来訪。実はこの二人の恋の相談。韓国人の教師は日本語が堪能である。二人の話を聞いたり、説教をしたりして夜１２時ごろまで飲んでいた。結果はうまくいったようで彼と彼女はこれから仲良くしていきますというメールをくれた。やれやれであった。

３月７日(木）、

　少し風邪気味だった。でも、朝から暖かかったので６時半から散歩に出た。昼からはどんどん気温も上がり、日向では汗ばむほどである。しかし、小さな子どもたちは着膨れしてコロンコロンとしている。この国では、おじいさん、おばあさんは子どもにはできるだけ着せて体を冷やさないことがよいと考えているようだ。頭には耳覆いのついた毛糸の帽子、綿入れの上着、そして腰から下はズボンの上から綿の入った腰巻のようなものを着せられている。そのせいで十分歩けない子がますます足元がおぼつかなくなっている。さすがに、若い夫婦に育てられている子はそれほどでもない。子育てひとつでも三世代いっしょに住むのは何かとたいへんである。そういえば、私の部屋の上階に医学部で教えているインド人の教師がいるのだが、そこは三世代である。子どもがダダをこねるたびに若いお父さんの厳しい声が下まで響いてくる。家族で外出するとき顔をあわせても難しい顔をしていることが多かった。ところが、３月に祖父母がインドに帰った。とたんに、怒る声も聞こえなくなり、廊下で顔をあわせると愛想良くあいさつをしてくれるようになった。祖父母がいなくなってリラックスしたのだろうと思った。

３月１０日（木）

　朝の８時から夕方の５時半まで授業があり、夜は七時からに日本語クラブのあるいそがしい日だ。１時間目のクラスへ入る。元気にあいさつをして、さっそく授業に取りかかる。先週宿題にしておいた、テキストの暗誦を聞くことにした。以前から少し元気のないクラスだったので予想はしていたが、やはり最後まで言えない。半分しか覚えていない学生もいた。そこで、「努力を惜しむものは授業を受けなくてもよい」と少し厳しい表情で説教した。私はめったに怒らないので、少し驚いたようだった。「努力に勝る天才なし、今日からがんばろう」と励ますと、いっせいに「はい!」とこちらが驚くような大きな声で返事をした。おかしいやら、可愛いやら、その後は楽しく授業ができた。

次のクラスは、がんばりやが多いのだが、場合によっては説教もと覚悟して、顔を引き締めて教室の扉を開けた。すると、私が教室にはいるなり、学生たちは「おはようございます」と元気のいいあいさつ、そして、クラスの班長が「これはお世話になっている私たちの気持ちです」かわいいプレゼントを差し出した。予想外の展開に思わず、硬かった気持ちが解けてしまった。このクラスの学生はもちろんみんな課題の文はよく覚えていた。おかげで、最後までのりのりで授業ができた。

３月１１日（金）

朝から、水に悩まされた。先日、台所の洗い槽の下にある排水パイプが破れて、床が水浸しになった。すぐ、水道屋さんが来てくれて修理はしてくれた。しかし、その修理たるやまさに応急で、また水漏れがあるのではと心配していた。今朝は予想が的中した。パイプの最後は床下の穴に突っ込んであるのだが、そこから見事に抜けて、床の上に水を撒き散らしていたのである。授業があるので、大慌てで水だけ掬い取り、後は帰ってから拭くことにした。

午後からの授業が終ってから、すぐ戻ろうと思ったら、主任から「今夜、中国人教師と日本人教師の懇親会をしたいので出席してほしい」と言われた。確かに、懇親会をしたいとの話は聞いていたが、今日とは聞いていなかったし、いつものことだか、一時間後にということであわててしまった。授業が終って、廊下に出たところ、中国人の学生から電話が入り、「先生、日本はたいへんなことになっているよ」「Ｍ８以上の地震で大きな被害が出ています。」と連絡をくれた。すぐに部屋へ帰って、ネットで調べたら神戸の大震災以上の地震だと分かって心が震えた。とりあえず、懇親会に出かけた。

懇親会の会場は料理も食べられるカラオケ　レストランであった。なかなか豪華な建物で、料理もおいしかった。今日は主任のおごりだということで、何か裏があるのだろうと思った。やはり、そこで渡された「日本語特訓」の時間割に私の名前がずらり。朝の９時から夕方の５時までぶっ通しの日もある。これが、ご馳走の裏かと分かったので、大きな顔をして料理を注文した。ところが、私の料理だけがなかなか出てこないのである。主任は気を遣って、フロントの方に走っていった。しばらくすると係りのウェートレスがやってきた。どうやら私の注文を書き留めるのを忘れていたようだ。主任をはじめ、中国人教師の先生方がウェートレスに「ちゃんと注文しているのにどうして出で来ないのか」と言ってくれるのだがそのウェートレスはガンとして聞いていないと言い張っていた。さすが、自分の間違いをなかなか認めない中国の体質だと改めて国民の気質を知った。

３月１２日（土）

今日は中国のテレビでもニュースになっていた。その画面から大きな傷跡を残す災害になると感じ、神戸の震災で先輩の先生を失った悲しみがよみがえってきた。そんな悲しみの中でも、ニュースで初めて中国から救助隊がやってきたこと、そして５０以上もの国から支援をしようといってもらえていることに感動した。今日は学生が私の宿舎を訪ねてくれて、果物などをもってお見舞いに来てくれた。学生たちは、先年の四川地震での日本の救助隊のことをよく覚えてくれていたのだ。日本の救助隊がなくなった中国人の遺体に手を合わせてくれたことがわれわれはいつまでも忘れないと言い、心から地震のことを心配してくれた。

朝から雨、これからはあるが続き、気温も下がってくるらしい。奈良もまだ最低気温が氷点下の日もあるらしい。お水取りが終ったのに気温が上がらないのは地震のせいだろうか。


３月１８日（金）

　今日の午後の授業は１年生の特別強化の時間である。中国人の若い日本語教師が私をサポートしてくれる。この日は会話の時間なので「自己紹介をしよう」をテーマに授業をした。１年生はまだまだ日本語の言葉の数も少なく、文法も十分に理解できていない。そこで、まず、学生たちに自分の知っているスポーツや好きな趣味の中から自分の得意なものを発表させた。その間にさまざまな言葉や文の練習も繰り返して行った。最後に、二人組みで互いに自己紹介させるようにした。２時間のぶっ通しの授業であったが、学生たちは最後まで楽しそうにやっていてくれた。若い中国人の先生は授業の終った後、私にいろいろと質問をして、勉強しているようだった。

夜は、国際交流センター所長と外国人教師有志の夕食会に招かれた。場所は麒麟大飯店という豪華なレストランだった。大きくて新しく、ライトアップできれいに飾られていた。料理も上海料理のように癖のないおいしい料理であった。九江にもこんなレストランができているのだと驚いた。さまざまな国からきている外国人教師はリーダーである４０代の先生をはじめ個性豊かな教師ばかりである。少し緊張したが、食べ始めると、日本の地震のことを心配してくれたり、気を遣ってくれたりして楽しく過ごせた。

３月２１日（月）

　今日の授業は日本の歌曲を教材にして、授業をする。「バラが咲いた」や「上を向いて歩こう」「北国の春」など中国をはじめ世界中の人に知られている曲である。一年生の学生たちには日本の曲を何か歌ってくださいといわれたら、この中の曲を歌うと喜ばれると話した。私が一節ずつ歌い、それを学生たちに真似させるようにした。音程には少し不安があったが、そこは度胸で授業を進めた。「バラが咲いた」や「上を向いて歩こう」の曲はリズムもやさしく、繰り返しも多いので学生たちはすぐに飲み込んで、大きな声で歌うことができた。「北国の春」は歌詞を少し丁寧に説明し、歌詞の気持ちも考えさせた。出だしの「白樺、青空、南風」のところの節回しが少し難しいようで何度も繰り返して練習した。私が首を振りながら歌うのがおかしいといって、大笑いする。そんな笑いも入れながら、練習を繰り返すうちに上手になっていった。最後はみんなで首を回しながら、合唱して終った。学生の中に習った歌を口ずさみながら教室から出て行く学生もいた。