暖かくて、よい天気が続く。今日、１１月９日は２年生の授業は労働奉仕活動のため休みである。労働奉仕というのは校内の清掃美化活動のことである。学生たちはグループに分かれて広い校内のそれぞれの場所を清掃したり張り紙を削り取ったりする作業だ。大学生とは思えないぐらいみんな協力して一生懸命やっている。それは、日ごろからのリーダーの育成がなされているからだと思う。個人主義がさも良いことのようにいわれる日本の今の風潮は日本の学生にとってほんとうに楽しいのだろうか、それとも孤独感を味わわせているだけなのだろうか考えさせられた。

そんなことで午後の１年生の授業まで時間ができたので、来週からのテストに備え、問題作りに励むことにした。中間試験は点数の割合が15%と少なく、大学からも易しい問題で、できるだけ合格点を下げてほしいとの連絡もあったので、授業の時に使った教材をリニュアールして問題を作った。また、中国人教師からは修士論文のことで質問が来た。形容動詞のことだが困った。文法なんて学生時代に勉強して以来、本を開いたこともない。あわてて、もってきた参考書を調べて何とか答えることができたが、久しぶりによく勉強した。

今日（11/13）の誕生日を中国で迎えた。６１回目である。穏やかな日差しが窓から差し込んで、まどの外では学生たちのスポーツゲームを楽しんでいるにぎやかな声が響いてくる。日本からもらったお祝いのメールなどを読み返す。遠く離れた場所にいるだけに一層うれしい気持ちがつのる。　　　

昼過ぎになって、突然、ドアーのチャイムが鳴った。あけてみると、なんと学生たちが私の誕生日を祝いに来てくれたのだ。バースデーケーキやカードを持って。どうして私の誕生日を知ったのだろうか。おどろいた。まだ九江に来て２カ月あまりしかならない私が、中国で学生たちにお祝いをしてもらえるなんて思いもよらなかった。呆然としているわたしをよそに、女子学生たちは材料持込みで料理を作り始めた。そして私には長生きの特別料理まで考えてくれていた。料理は１時間ほどで出来上がり、みんなとしゃべりながら楽しく食事をした。よく笑って、よく話をした。そして、外も暗くなり、お開きの時間になったので、宿舎の下の玄関までみんなの見送りに出た。

そこで、学生たちはもう一つサプライズがあるという。実は、1m以上の大きな、赤い紙風船のような気球を用意してくれていて、そこにはなんとｈａｐｐｙ　ｂｉｒｔｈｄａｙ　と大きく書いてあり、その横に、私の名前も「・・老師」と書かれているのだ。そして、気球の下の燃料に火をつけると気球は大きく膨らみ、ゆっくりと九江の夜空に上がっていった。美しくて、うれしくて、目頭が熱くなった。中国での６１の誕生日はこれからもずっと心の中に深く刻まれるだろうと思った。

１４日は渡り鳥の予想が当たったのか、いよいよ冷たい風が吹き始めた。朝から風が強い。

日本でも寒気が南下し、奈良あたりはかなり気温が下がってきているようだ。ここ九江も今朝は風が強く、寒い。そんな中で、朝から学生たちの試験に明け暮れた。真面目に受けているものもいれば、しっかりカンニングしているものもいて、注意するのも一苦労だった。たいていは、きちんと受けているのだから、不正を許すとこちらへの信頼感が薄れると思い、厳しく注意した。でも、そんな学生はなかなか素直に聞かないもので、きっとこれまでもそうして試験を潜り抜けてきたのだろう。夜は、作文の添削である。テーマはクリスマスの過ごし方、教材は日本のホテルからの豪華なクリスマスの過ごし方の宣伝文を使った。女子学生の多くは男子学生と２人で、豪華なレストランで食事をし、プレゼントをもらうことはとてもロマンチックで楽しいと書いていた。どこも男の子はたいへんだと思った。そんななかで、一人の男子学生は「アルバイトしてためたお金は簡単な食事を２人でしたあと、おもちゃをいっぱい買って孤児院に行く。そしてクリスマスは彼らといっしょに過ごすのが２人にとって最高のクリスマスだ」と書いていた。これには感動し、次の時間にみんなに紹介しようと決めた。

このところ、街へでても自由に買い物ができるようになった。肉や野菜を市場で買っても少し話ができるようになって来た。私のことは日本人とわかると、下手な中国語も一生懸命聞いてくれている。洗濯屋も肉屋も修理屋もみんな優しい。九江はまだ田舎だから人が純朴なのだろう。大学からバスで 30分ほどの市内散策はこれで三度目と言うこともあって煙水亭（市内の名所）からショッピングセンター、裏町あたりまで二時間ほど歩いた。古いレンガの壁が続く裏町ではおばあちゃんたちに見守られながら、元気な子どもたちの姿が見られた。私たちの子ども頃の様子が目に浮かぶ。日本ではもう子どもたちが群れて遊ぶ姿はあまり見られないことは残念である。

１９日にはやっと試験週間も終了。試験の採点の答案が机の上に積まれている。週末までに片付けなければならない。ねじり鉢巻で採点をはじめたとたんに赤いボールペンのインク切れ。得てしてやる気が出たときにこんなトラブルが起きるもの。昔の教員時代を思い出しながら思わず大笑いをしてしまった。

１１月２０日、４年生は就職ガイダンスの授業が３時間あってたいへんだとのつぶやきが聞こえた。日本でもそうだが、中国も特にホワイトカラーをめざす学生たちにとっては就職氷河期を迎えている。昨日の午後も４年生だけでも八千人いるのだから指導には先生だけでは手は足りない。まず、クラスの班長が集められる。それだけでも２００人。その班長に分厚い資料と説明がなされる。説明を聞いた班長はクラスにもって帰って、その内容を伝えるということになる。基本的には質問はないとのこと。あとは個別で学生課に聞きに行くことになっている。

　気の利いた学生は大学のガイダンスなどあてにせず、自分の知り合いや縁故関係で就職活動をしている。特に、日本語学科の就職口の多くが北京や大連、天津などと言った中国の東北部に多い。しかし、東北部には優秀な大学や数多くの日本語の専門学校があるので、競争が激しいのだとか。そこで、中南部の上海や杭州、もっと内陸部の町の企業を狙うと話している学生もいた。九江の学生はよく言えばおっとりしているので、就職試験に遅れをとらないよう私も日本の学生の事例を上げながら、ハッパをかけている。

　日曜日は久しぶりの雨であった。それでもまだ暖かいので大勢の学生たちが校内を動いていてにぎやかだ。日本語学科の学生たちは日本語検定の試験を控え、みんな一生懸命勉強している。最近は試験のレベルが上がってきてたいへんそうだ。よく私にも質問に来るが、こちらが頭を抱えてしまうほどだ。答えはわかるのだが、どうしてですかと説明を求められると詰まってしまう。そんなときは宿題にして、もって帰って考えることにしている。夜も全寮制の大学だけに九時ごろまで教室はあちらこちらに電気がついて、それぞれの活動や勉強会が開かれている。日本語学科の学生も今週の土曜日はスピーチ大会があるので、教室で練習やら準備をしているらしい。今日は係の学生が教室まで来て、きれいに作ったその招待状を持ってきてくれた。審査員をお願いされた。できるだけきちんと聞いてあげたいと思った。

翌日、授業のため、教室へ向かっていると、校舎の手前の大きなヒマラヤスギのところで見覚えのある一人の男子学生が待っていた。わたしの姿を見ると急ぎ足で近づいてきた。用件は、土曜日のスピーチ大会に出たいので、原稿を見てほしいとのことだった。ひとまず目を通してみるとなかなか良く書けているが、少し手を入れればもっと良くなるように思えた。学生には、授業が終ったあと、教室に残るようにと話して、とりあえず、授業に向かった。

授業が終ったあと、原稿を見た。今回のスピーチ大会のテーマは「感謝」だった。その学生は母親への感謝の気持ちを綿々とつづっていた。ますは、文法的な間違いを指摘し、訂正させ、次に文章の組み立てについて話し合った。素直に聞く態度に好感が持て、こちらもつい力が入って、気がつけば一時間ほど過ぎていた。最後に、学生の将来の夢や目標を聞き、それをスピーチのまとめに使ったらよいとアドバイスしておいた。　うれしそうに戻っていく学生の後ろ姿をこちらも教師気分を味わわせてもらったことに感謝の思いで見送った。

　２４日は夜７時から一年生の歓迎会があった。外国語学科の１年生680人(そのうち、日本語学科は120人)を迎えての学芸会のようなものである。会場は校内の大きなホールである。それぞれの学年から出し物があった。エレキの演奏やストリートダンスのような現代的なものから、民俗的な踊りまで多岐にわたっている。いつも思うことだが、中国の学生は歌でも踊りでも表現力が豊かであり、楽しませてくれる。若い先生の飛び入りもあって遅くまで盛り上がっていた。

２５日は授業が一時間だけだったが、夜まで忙しかった。４時前から、中国茶のお手前の授業があった。以前から学生からも聞いていて、中国人の茶道の先生からもぜひとのお誘いがあった。４０人ほどの学生といっしょに授業を受けた。茶道の精神や簡素で無駄のない動きの説明などを学んだ。ウーロン茶もご馳走になった。茶道の精神は日本と変わりなく、「もてなしの心」を大切にすることと理解した。

５時からは、サンクス・ギビング・デーのパーティーである。アメリカ人の教師の部屋が会場とのことでわたしにも案内があった。参加者は一人一皿の料理を持ってきてほしいとのことだった。アメリカ人はこの感謝祭には特に思い入れがあるのか、たいへんにぎやかなパーティーだった。七面鳥 2匹がテーブルの真ん中におかれ、周りにはみんなが持ち寄った料理が並べてある。七カ国以上の国籍の人たちが２０人ほど集まっていて、飲んだりしゃべったりと楽しんでいる。言葉も英語や中国語やさまざまな言葉が混じって何がなんだかわからない。私のもっていった焼き餃子も好評のようだった。

ただ、この日は７時から日本語学科の学生の集まりもあって、一時間半ほどで失礼して、学生たちの待つ教室へ向かった。教室では、３０人あまりの学生が３年生をリーダーにしていくつかのグループに分かれ、日本語で会話をすることになっている。一年生にとってはとても興味深いのか、すらすらしゃべる上級生を憧れの表情で見つめていた。

１１月最後の土曜日は、昼から学生の日本語によるスピーチ大会があった。採点や感想なども頼まれていたので、午前中に準備し、２時から会場の教室に行った。広い階段教室はきれいに準備されて、思っていたより大々的に行われるようだった。審査員として王主任をはじめ中国人教師４人とわたしと小林先生だった。今年から採点の方法も変わり、中国人の先生や私たち日本人の講師全員で採点した。そんなことで、スピーチ大会は多くの学生たちの応援もあった。発表者は心と力のこもった言葉、体全体を使った表現などで良くがんばっていた。また、テーマを「感謝」だったので、親へ、友だちへ、そして周りの人へとさまざまな感謝の気持ちを上手に日本語をつかってスピーチしていた。日本語にもっと上手になってもらいたい、そんな思いで学生たちを励ました。１年生の中にも日本語が上手なものがいる。彼らは朝鮮との国境近くにすむ朝鮮族の学生たちだ。彼らは中学生から日本語を勉強しているらしい。結局優勝は２年の学生で、私たちは表彰の手伝いもした。そのあとは学生たちと晩御飯を食べに行って部屋に帰った。今週も充実した一週間であった。