４月も最後の週に入った。週明けは日本でも３０度を越えたところがあったようだが、ここ九江も初夏のような暑さである。学生たちはほとんどTシャツ姿になっている。この暑さはしばらくは続きそうである。私たちの宿舎はレンガ造りなので冬は暖かく、夏は外の暑さが入らず、中にはいるとひやりとして気持ちがいい。やはり家はそれぞれの国の気候にあわせて建てられているのだと感心した。

　暑くなると学生たちのなかには午後の４時からの授業になるとあくびをしたり、居眠りまでしたりするものまで現れてきた。急に暑くなったので、昼寝ができなかった学生は疲れが出てくるのだろう。それならばということで、授業では冗談を言って雰囲気を変えたり、作業を入れたりして学生の集中力を切らさないようにしている。このあたりは教師の腕の見せ所でもある。

翌日もよい天気だった。上着をおいてワイシャツだけで教室に行く。六階まで上がると汗がでてくるが、廊下の涼しい風は気持ちよい。教室に入ると来週から始まる中間試験のための会話の課題文を配る。とたんに、学生たちからため息がでる。そんな学生たちを前にそしらぬ顔で、「今回の試験はスピーチだけでなく、ヒヤリングの試験もする」と宣告。学生たちの顔に緊張感がはしる。ヒヤリングのテストは友だちの会話を聞いて、評価をすることだと説明する。評価の観点を三つほど説明して、来週がんばるようにと励ました。学生たちは「はいっ」と元気な声。これが可愛いところである。

　学校は４月３０日（土）から労働祭（メーデー）の３連休が始まった。でも、朝から雨である。今日は５時起きをして、以前から行きたかった景徳鎮に行こうと思っていたが、布団の中で雨音を聞くと、３連休だから雨の日に無理をしなくてもと考えまた眠ってしまった。昼前に目を覚まし、昼食を済ませると市内の百貨店に出かけた。雨で郊外に出られなかったからだろうか、百貨店は親子連れが目についた。百貨店は労働祭のバーゲンをやっていて、五割引の商品も多い。かばんやスポーツシャツを何点か買って帰った。翌日も翌々日も天気はすっきりしない。朝か昼かに雨が降ってきた。景徳鎮へ行くことはあきらめて、部屋の中でおとなしく、本を読んだり、絵を描いたり、音楽を聴いたりして過ごした。

休みの昼は散歩がてら、近くの市場へよく行く。この時期は食材が豊富で珍しいものが市場に並んでいる。魚屋には、田うなぎやザリガニ、トノサマガエル、ウシガエルなどである。網の中で動き回っている姿を見ると子どもの頃捕まえては水槽に入れて育てていたことを思い出し、可愛そうな気もした。あちらこちらの肉屋の店先では、アヒルの子やひよこが売られている。店の中では北京ダックになったアヒルやかしわになった鶏もぶら下げられていて、将来の姿とダブってなにやら不憫でもあった。

 
５月３日（火）

やっと天候が回復した。今日は授業のない日だ。インターネットで調べると、予報は景徳鎮は雨のち曇り。しかし、気温は１８度前後で外出にはちょうどよいので思い切って行くことにした。一人で６時に出発、長距離バス駅までタクシーで行く。朝早いので校門の前の道路はタクシーも少なく、やっと来たタクシーも相乗りになった。６時半に長距離バス駅で切符を購入。この日は３連休明けなので、切符売り場はすいていて並ばなくてもよかった。このバス駅は新しくできたばかりなのできれいで設備も整っている。幼児を連れた母親の休憩室や携帯の充電所、売店や食堂、そして二階の広い待合室などがそろっている。中国はアメリカなどと同じで国土が広く、鉄道もまだまだ少ないので、バス路線が発達している。乗車口だけでも７〜８あって電光掲示板がある。

　２階建てバスのような見晴らしの座席は指定席で、景徳鎮まで１時間45分で５１元（６００円）である。バスの中では映画も楽しめてあっという間に景徳鎮に到着。到着駅で帰りの切符と市内の地図を購入する。地図でバス駅の場所や見学予定のコースを確認していると、横にいた夫婦連れがいろいろと親切に教えてくれる。着いたバス駅は西駅だという。別に東駅もあってもし気がつかなかったらたいへんだったろう。

　タクシーで古陶磁器博覧区にある歴史博物館へ。10元足らずですぐに到着。ここは美しい公園で広い敷地の中に焼き物のろくろ回しから彩色、そして焼きがまの設備まであって見学できるようになっている。働いている人はつぼなどを造る人からまきを運ぶ人まで当時の衣装で忠実に再現していて、興味深かった。また、明や清の時代の庭も美しく、陶器で作った楽器で実演もしてくれていた。入場料は65元と高かったがそれだけの値打ちはあった。

　そこで日本人のグループと会う。岐阜県の瀬戸や多治見の人たちで、景徳鎮陶磁器大学の日本人の先生が説明をしておられた。私も自己紹介し、そのグループに入れてもらって見学できたので、焼き物の説明がよく分かった。その先生は岐阜県の陶器の専門学校で学生を教えていて、退職後中国から招かれて、客員教授をしているとのことである。その先生からも大学に遊びに来るようにと招待もされたりして、グループとは一時間ほどでお別れした。

　古陶磁器博覧区は市内から少し離れていて、バスは走っていないがその日は出口のところでお客さんを送ってきたタクシーが偶然拾えた。乗ったのはよいが、運転手はメーターを倒さない。そして、運転手は次の目的地の「龍珠閣」まで25元でどうかと言い出した。でも、高かったので私がメーターを倒せというとしぶしぶ倒して、車を走らせた。目的地の「龍珠閣」までは８．５元だった。１０元渡してお釣りはよいと言うと、うれしそうにドアを開けてくれた。

竜珠閣は昔風の塔で、古い時代の陶磁器が展示されていた。塔の上に上がると市内が見わたせた。近くには、現代的な陶磁博物館もあって、ここは現代作家の陶磁器の展示が多数あって楽しめた。どちらも、九江学院教師の身分証明書を見せると記帳するだけで無料で見学できた。

そこから人民広場までは道の両側に陶磁器の店がずらっと並んでいる。ショウウインドーの中にきれいに陶磁器が並べられている。近くのケンタッキーの店で休憩しながら、ゆっくり見て回り、湯飲みやら急須やらを購入するともうバスに乗る時間がせまっていた。

その日は結局傘は必要なく、見学地はどこもすいていて、予定通りの見学を終えてバスでまた九江にもどった。

 

５月４日（水）

　３日遅れの４月分の給料日だ。国際交流センターの事務所のウィンディーからお金を受け取ると、「夏休みに帰国する飛行機の切符はどうするの」と聞かれた。私の帰国の費用は大学の方が支払うことになっているし、中国に来たときの交通費ももらえることになっているのでので、ウィンディーの方で予約してほしいと頼んだ。ウィンディーには、次年度の契約の更新は家の都合でできないと伝えてあって、就労ビザが６月３０日で切れるので早めに聞いてくれたのだろう。

そんなこともあって、午後から冬物や本を日本に送り返すことにした。箱一杯になったので、日本語学科の学生に郵便局に一緒に言ってもらおうと電話すると二つ返事で来てくれた。送り賃は日本まで、船便で３００元足らず。ただ、荷物を送り返すといっても輸出という形になるので決まった箱に詰めなおすよう言われた。せっかく丈夫に荷造りしていたのに、詰め替えはたいへんだった。何とか郵便局の係りに受け取ってもらい、学生にお礼を言って部屋に戻った。

パソコンを覗いてみると先ほどのウィンディーから着信。開いてみると飛行機の便の確認であった。驚いた。帰国まで、まだ二か月近くあるのに、もう予約してくれたのだ。いつものんびりとした仕事振りなのに何か帰国をせかされているようで可笑しかった。


５月５日（木）

　今日から中間試験が始まった。試験の課題は医者と患者の会話である。テーマの目的や会話の目標を確認すると学生たちも緊張してきたようだった。すでに説明はしてあったのだが、会話は２人組みだが、あとの者には聞く力も試験するから他の人の会話を採点してもらうというと「おぉ」と声が出た。きっとそんな形の試験は始めてであったのだろう。相互評価を取り入れたおかげで、試験中も学生たちの緊張感が続いてスムーズに実施できた。日ごろは暗記してきなさいといってもなかなかやってこない男子学生もさすがに試験となるとがんばっていた。

５月６日（金）

　今日は南昌で行われる江西省の「学生スピーチコンテスト」の代表を決める校内審査がある。今回は３年生を主に担任している小林先生が中心になってその仕事をしてもらった。事前に希望者に作文を書いてもらい、内容の審査を行い、候補者を７名まで絞った。今日はその７人にスピーチをしてもらい、３人を選び出すのである。そして、来週の月曜日に代表１人を決定するという運びである。昨年までと違い、今年は公開で行うこととし、私たちや日本語学科の中国人の先生などが６名で審査した。スピーチのテーマは「日中友好と私」である。選ばれてきただけにさすがにどの学生もたいしたもので、自分の体験を話すもの、これまでの歴史を振り返り、将来にむけた希望をかたるものなど、聞いている私も楽しかった。

５月９日（月）

　今日は金曜日のスピーチコンテスト校内選出の決勝を行った。予選で選ばれたのは三年の学生２人と２年生１人である。３年の１人は去年も南昌に行っており、そのときは参加賞しかもらえていない。雪辱もあって今年への意気込みはなかなかのものであった。２年生の学生は校内の１．２年生対象のスピーチコンテストでも優勝していて、余裕すら感じられる。

スピーチを聞いてみるとさすがに甲乙つけがたかった。内容も自分のアルバイト経験を生かしたもの、日本人を宇宙人にたとえたユーモアのあるものなどであった。最後は主任の提案で採点でなく、協議して決めることにした。優勝は、意外にこれまであまり目立たなかった学生が選ばれた。自分の主張がはっきりとしていて、堂々と話している態度に好感が集まったようである。また、優勝できなかったもの２名にも学部長から特別表彰をしてもらうことにした。

５月１２日（木）

　今日の夜の日本語コーナーは試験も始まっているので参加者が少ない。その中で１年生が来ていたので、先輩への質問相談の時間を作った。一年生はやはり日本語検定試験のことに関心があるらしい。どのような勉強をすればよいのかとかどんな内容が出るのかなどの質問であった。

そんな質問一つ一つに２年生の金さんは自分の経験を元に丁寧に答えていた。

　そんな中で、寮での生活が厳しいという話も出ていた。寮では１，２年生の間は、生活指導部の学生が朝、それぞれの部屋を回って点検に来るのだそうだ。週に二回、朝６：３５分になると生活指導部の学生がドアーをノックする。そして、それぞれのベッドを見てまわるのだ。もし、まだ着替えていなかったり布団や毛布がたたまれていなかったりしたら、減点２ということでそのカードが学生に減点カードが渡される。二年生は７：０５分だそうだ。もし、まだ寝ていたら５点、ドアーを開けなかったら部屋には２５点の減点カードが渡されるそうである。そして、学期末には部屋ごとに優・良・可で評価され、先生に報告され、賞品が渡されることになっている。まさに、集団責任となっている。また、１人が使える電気器具は５００ｗまでである。また、電熱器やドライヤーは禁止であるらしい。髪の長い女子学生が多いが冬の寒い時期に濡れたままの髪で暖房のない部屋で震えている姿を想像するとかわいそうになる。規則を守らせるということでは女子学生の係の方は厳しく、男子学生の方は当番の男子学生もあまり厳しく言わないとか。何か分かるような気もする。

５月１４日（土）

　休みの日も何かと行事がある。われわれ日本人教師は校内の宿舎にいるということで休みの日も駆り出されている。今日は校内で「１年生の日本語コンクール」がある。朝の９時からということで朝ごはんもそこそこに教室に出かけた。コンクールに出てくる一年生は選ばれた１０人である。そのうち男子学生は１人である。彼は日本のアニメにとても関心があり、いつも寮でアニメを描いている。そんなことで日本語の単語力は抜群であることは分かっていた。コンクールは、単語力のテストと日本語の短文を聞いて中国語に直すこと、そしてグループで劇をすることである。結局その男子学生が優勝した。

　夜は隣のアメリカ人教師アランの部屋で誕生パーティーがあった。ガールフレンドのサンドラから私もぜひ参加してほしいと招待されていた。しかし、彼のパーティは教師ばかりでなく、見知らぬ中国人もやってくるので気を遣い、余り楽しくない。その夜は３年生の学生たちと外の食堂で晩ご飯を食べながら人生論や恋愛論を交わし、八時過ぎまで時間をつぶし、そっと部屋へもどった。明け方の３時頃まで廊下はにぎやかであった。

日曜日は１年生の学生４人が部屋にやってきた。以前、授業が終った後、その中の一人が先生の部屋に遊びに行ってもよいかと聞いたのでＯＫを出しておいたのだ。四時ごろ、彼女たちは篭いっぱいの果物を持って私の部屋を訪ねてきた。大学に進ませる家庭の学生はマナーもきちんと身につけている。日本語がまだ十分でないので話をするより料理作りの作業をすることにした。まず料理のレシピを作るためみんなでインターネットからポイントを調べ、日本語の分からないところは中国語の注をつけて分かるようにした。

　メニューは結局、チキンシチューとちらし寿司、トマトと卵の炒め物にフライドポテトとなった。フライドポテトは油でやけどしては困るので私が担当し、後は四人で分担していた。料理などは作ったことがないなどといっていたが、いざとなるとレシピを見ながら要領よく仕上げていた。出来上がった料理はみんなでわいわいと評価しながら楽しく食べた。食べた後の片付けも完璧でキッチンは初めよりきれいになったようだった。その後は簡単な「なぞなぞ」をしたり、日本の写真を見てしゃべったりした。帰りには日本の習慣に「おすそ分け」があるといって、遠慮する学生たちに持ってきた果物を分けて持ってかえってもらった。

５月も中旬、少し暑いが、休みの日は朝６時から散歩をしている。新緑が美しい大蓮池の周遊道から正門のところまで来ると、15人ほどの若い軍人が整列し足をそろえて行進してくるところに出会った。この大学では毎月1回、朝の6時から学生たちは国旗掲揚の儀式に出ることになっている。そのセレモニーの中心になっているのがその軍人である。まだ眠そうな様子で掲揚台まできた学生たちはみんながそろうのを待っている。そのとき、兵隊姿の若者のなかから「先生、おはようございます。」とあいさつしてくれるものがいた。よく見ると、日本語学科の女子学生である。よく見ると15人の若い軍人はみんな学生で、半数は女子学生だった。先頭の２〜３人だけが本職の軍人である。学生たちは軍服を着て、校内のさまざまなセレモニーの先頭に立って活動する、いわば日本の「応援団」のような部であるらしい。その部の学生たちはみんな背が高く、ぴかぴかの軍服がよく似合っていてとてもかっこうがよい。その学生をほめると、うれしそうに照れていた。集まってきた学生たちは集合の掛け声がかかるとみんな国旗掲揚代の前に整列し、横の守衛室から国家が流れ始めた。国旗掲揚の時間は二十分程度、そのあと、参加した学生は授業の準備のため、寮までおしゃべりをしながら三々五々帰っていった。

　５月も下旬になったが、この３日ほどは涼しいというより肌寒い日が続いている。朝方は１０度前後で片付けた長袖の上着を引っ張り出して着ている。冷たい雨に当たって風邪を引いて授業を欠席する学生も目立つ。そんなこともあって授業のない日はゆったりと読書や音楽を楽しむことができた。校内の相変わらず耳の痛くなるような音楽放送から今日は「蛍の光」が流れている。昼から市内のにぎやかなところへ出た。「蛍の光」はもともとスコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」という曲である。日本では卒業式の時期によく歌われるが、外国では卒業と関係がない。でも、あと一月余りで４年生は卒業を迎える。もしかして、日本の形をまねているのかななどと勝手に解釈していた。こちらは小学校から高校まで卒業式らしいものはない。学生たちに日本の卒業式の写真を見せてあげるとみんな「とても立派ですね」と驚いていた。

　夏のズボンがほしかったので、昼から九江の繁華街に出かけた。日本の難波のようなおしゃれな町並みが３００ｍほど続く通りに「柴桑小学」という小学校があった。運動場は前面人工芝で、四階建ての校舎もりっぱだ。玄関のところにクラス写真が張り出されていて、一学年５〜６００人はいるようである。下校時間になっているようで校門のところに「文明小天使」と書かれたたすきをした当番の小学生が男女それぞれ六人ずつ立っていて、児童を迎えに来るお母さんや祖父母に大きな声で挨拶をしている。恥ずかしそうにしているものもいてほほえましい。どこの小学校も下校時間に近くなると校門の前には迎えの家族で広い道路もいっぱいになる。中国ではときどき子供がいなくなるというニュースを読んだこともあったが、連れて行かれることを心配して迎えにきているのかもしれない。

５月２６日（木）

　五月の授業もいよいよ最後の週、六月は期末試験や連休などもあるので授業も残すところ３，４週である。職員室を覗くと中国人の先生が１人おられて、私の顔を見るなり、もう日本に帰られてしまうのですねといわれた。私が講師の契約を延長しないことは主任の先生には伝えたが、すでにみんな知っているようだった。その先生はとても丁寧に「先生にはお世話になった。家族の事情で帰国されるのだが、ぜひもう一度この大学に戻ってきてほしい。」といわれた。さすがに、私も胸がきゅんとなってただありがとうございますとお礼を言うだけだった。

　夜の日本語クラブでも１人の学生から「先生はもう日本に帰られるのですか。他の先生から聞きました。」と詰め寄られた。その場は「まだ決まったわけではありません。だいじようぶですよ。」答えた。その学生は「よかった。夏休み、ふるさとに帰ったら先生の好きなお酒をもって帰ってきますか。家で作ったお酒は美味しいですから。・・」といって離れていった。まだ、一ヵ月も授業があるので、ほんとうのことは言えなかった。最後にはきちんと話をしておきたいと思いながら、安心して部屋を出て行く学生の後姿を最後までおった。